バクテリアは単細胞の生物でウイルスと比べると大きく光学顕微鏡で観察が可能です。一方で細胞の構造は高等動植物と異なり、核と呼ばれる部分はありますが周りを取り囲む核膜が無い事と細胞内にはミトコンドリア、小胞体などと言った高等動植物に知られている構造はありません。
どんな処に棲息しているかと言うと、目に見えないだけで何処にでもいると考えて下さい。私達は色々なバクテリアと共存していると言っても決して間違った表現ではないと考えて下さい。
どんな形をしているのか? 細胞表面には何かあるのか? 等を観察するためには電子顕微鏡を使用する以外に観察方法がありません。バクテリアの分類は寒天培地上のコロニーの形状、色、色素に対する染色性、生理学的特性、等からバクテリアの分類が行われてきました。現在は核酸分析による方法が取り入れられています。
電子顕微鏡による観察は通常の組織を観察する方法と本質的に変わりませんが、対象とするバクテリアの形態観察はウイルスと同様ネガテイブ染色法、シャドウ法、超薄切片法を利用して透過型電子顕微鏡 ( TEM ) 観察する場合と凍結乾燥後に走査型電子顕微鏡 ( SEM ) 観察する場合があります。
非常に奥の深い研究分野であるため、全てを記載する事は出来ませんので予めご了承ください。まず色々なバクテリアの状態を想定して、それぞれに推奨出来る試料の作製法と何が必要かを記述する事に致しました。試料作製に必要な機器も目的により多岐にわたる事もあり、必要最小の物とプラスアルフアでとどめる事に致しました。
試料の状態
- 自然の中から取り出すための分離倍地上の複数の異なるコロニー
( 複数の異なるバクテリア ) - 寒天培地上のコロニー ( 一種類のバクテリア )
- 液体倍地中に浮遊した状態 ( 一種類のバクテリア )
上記のバクテリアは何れの場合も通常の観察法に合わせて処理を始めます。
これからの記述は何が必要か、手順はどのようにするか、と言った順序で進めます。
バクテリアを取り扱う場合に必要な共通機材、器具等
1.遠心機
バクテリアを分離するための物で取り扱う容量により異なるが、小試験管を使用する遠心機と2.0 ml のチューブを遠心するための卓上型の物があれば良いでしょう。
2.機材等
- ホットプレート + マグネティックスターラー(攪拌子を含む)
- 真空蒸着装置 (VE2030,VE2013)
- t-ブタノール凍結乾燥装置 (VFD-21S,VFD-30)
- オスミウムコーター (HPC-1SW,HPC-20)
- プラズマ親水化装置 (PIB-10,PIB-20)
- 恒温槽 ( 樹脂重合用に使用, 温度、時間が設定可能であれば理想的 )
- 支持膜作成装置
- 電顕用シェーカー又はローテーター ( 有れば便利な装置 )
- ピペッター ( エッペンドルフ 1.0 ml + チップ )
3.ガラス機器、プラスチック機器。
- 50、100、200 ml 三角フラスコ
- 100, 200, ml ビーカー
- 100 mm 前後のガラスシャーレー ( 静電気防止の為プラスチックは不可 )
- パスツールピペット ( デイスポでも可 )
- スライドガラス
- 試験管( 遠心機に使用可能である事)
- 試験管 ( エッペンドルフチュウブ )
- 容量 100 ml – 150 ml デイスポプラスチック容器 ( 樹脂重合に使用)
- 密栓可能なバイアル瓶
4.試薬類
- オスミウム
- グルタールアルデヒド
- 包埋用エポキシ樹脂
- 100 % エタノール
- 100 % t – ブタノール
- アガロース
- 燐タングステン酸
- 2.0 % コロジオン酢酸イソアミル溶液
- 緩衝液 ( インスタント 1/15 M 燐酸緩衝液が便利 )
5.その他必要品
- グリッド 300-400メッシュ
- タングステンバスケット ( 0.5 mm Ǿ タングステン線を使用 )
- 5.0 mm 蒸着用カーボン・替え芯型カーボンSLC-30
- 金属クロム ( 蒸着用 )
ネガティブ染色法 (ウイルスの観察法と同じ方法で行う)
観察出来るのは鞭毛、ピリと呼ばれる鞭毛より細い構造。細菌は培養中、軽く固定後の場合でも試料として利用可能。
通常バクテリアの試料は固形培地、寒天培地、液体培地、のいずれかに培養された状態で実際に電子顕微鏡の実験室でバクテリアの分離などの実験をする事は少ないと考えて良い。何れの場合も培養液、細菌に応じた等張溶液に懸濁した状態が多いが、それぞれについて以下のような処理を行う。
寒天倍地
寒天培地 ( 固形培地,純培養の場合 ) 上のコロニーは使用予定の固定剤を1/2 程度に稀釈してコロニーをスクレーパー等で解離した後ピペットで遠心チュ-ブに移して遠心する。上清を捨てた後固定液を加えて沈澱をほぐして固定を完了させる。処理時間は 2~3 時間が目安。
寒天培地 ( 分離培養中で複数のバクテリアのコロニーが混在する場合はコロニーの部分を寒天培地と一緒に切り出してコロニーをほぐす。)
液体培地
静置培養(培養容器は培養中は動かさない)長時間培養した場合は死菌が容器の底に沈澱しているため生菌の採取は上清の部分と取り出して遠心集菌を行う。
寒天培地と同様予備固定をしてから最初の遠心を行うと良い。鞭毛、ピリ等を持つバクテリアではこの方法を推奨。
浸とう培養 ( バクテリアの成長の過程を分光光度計により計測しながら行う事が可能であるため直線的に増殖中の ( ログフェーズ)と増殖が止まる (ステーショナリーフエーズ)の集菌が可能。処理方法は倍地の一部を取り出して前出の方法で行う。
極端に濃度が高いと観察しにくい場合があるため濃度をコントロールする必要がある事がある。この方法は最初の菌液が重なりすぎた場合は2倍稀釈、4倍稀釈の方法で調整すると良い。
シャドウイング法
試料に対して一定の角度から重金属を蒸着する事で試料に影を付けて観察が可能。
試料から蒸着金属を望む角度から試料の高さを計算する事が出来、粒状体の大きさの計測などに応用される。
実際の手順
試料をグリッドに載せる操作はネガテイブ染色と同様な方法で良く、親水処理を施したグリッドにバクテリアを含む溶液を滴下し、濾紙で過剰の水分を除いた状態で準備する。蒸着装置は予めタングステンバスケットに蒸着金属( クロム小片 )を入れ、蒸着源の高さ、蒸着源の真下の位置から試料位置までの距離を設定しておき、この位置に試料を載せたグリッドを置く。
( 蒸着装置は取り扱い説明を読み操作を理解しておく)
- ベルジャーを定位置に置き、真空排気を始める。
- 真空状態が5x10-3Pa 以下に到達するのを待つ。
- ベルジャー内が到達真空度になった事を確認し、試料にシャッターをかけた状態でタングステンバスケットを加熱させる。 (タングステン線に電流を流してバスケットの中のクロム金属を溶解して固まりを作成する。此処でいったん通電を停止する。真空が僅かに下がる。)
- 真空状態が回復した事を確認する。
- 再びタングステンバスケットに通電するのですが金属が赤色になったらやや急速に電流を増加させ一挙に2~3秒蒸着を行う。 ( 蒸着時間は装置により常に同一ではないので予試験を行って蒸着量を予め予測しておくと良い。)
- ベルジャー内の電極が冷却するのを待って( 3~4分 ) ベルジャーを開けてグリッドを取り出し観察する。
細胞の中の構造を観察する超薄切片法と走査型電子顕微鏡 ( SEM ) の試料作製
これまではウイルス、バクテリア共に丸ごと形を観察する方法を解説してきました。これから説明する方法は、細胞を薄い切片として観察する超薄切片法用の試料作製の説明を致します。この方法は光学顕微鏡のパラフイン切片法と本質的に変わりはありません。
光学顕微鏡 | 電子顕微鏡 | |
固定 | 脱水(エタノール) | 脱水(エタノール、t-ブタノール) |
パラフィン浸透 (中間溶剤はキシレン、ベンゼン) | 樹脂浸透 (プロピレンオキサイド、QY-1、アセトン、エタノール、t-ブタノール) | |
包埋 | パラフィン | エポキシ樹脂(ポリエステル、アクリル系樹脂も使用) |
切片作成 | ロータリー又はスライディングミクロトーム | ウルトラミクロトーム |
ナイフ | スチール、一本刀 | ガラス、ダイヤモンド |
切片の回収 | スライドガラス | 直径3.0mm銅製メッシュ |
脱パラフィン | ||
染色 | 天然、合成色素 | 重金属:ウラン、鉛、ルテニウム、ビスマス等 |
観察 | 光学顕微鏡 | 透過型電子顕微鏡(TEM) |
画像 | カラー・モノクロ | モノクロ |
この中で熟練を必要とする過程は超薄切片作成とグリッドの取り扱いです。
その為この解説では一般的な試料の作成までに留め切片作成以降の技術は別の解説で行う事に致します。
バクテリアの試料(集菌からエポキシ樹脂ブロック作成まで。)
前固定の準備
1. 前固定液 ( 二段階の固定を推奨します。)
1.0% グルタールアルデヒドを作成します。
12 cm シャーレに生育する純培養コロニー(一枚)。
静かにグルタールアルデヒドをコロニーが完全に液に浸される量を入れ、コロニーを静かにほぐしていく。完全にコロニーの形が無く均一に成ったらピペット等を使用して遠心可能な試験管、エッペンドルフチューブに分注する。
分離培養中の複数の異なるバクテリアのコロニーを一種類取り出す。最初に目的とするコロニーを周囲の寒天と共に切り出して小型のシャーレーに入れてからグルタールを加えてコロニーをほぐす。倍地の部分を取り除き菌液を容器に収容する。
静置培養の場合は生菌の浮遊する液層部分を底の沈澱を乱さないように注意して容器に取り出す。この容量に対して最終濃度が 1.0 % となる様にグルタールアルデヒドを加える。
浸透培養中のバクテリアも必要量を取り出し、上記と同様に処理する。
2. (1.)で得られた菌液は遠心沈澱した後上清を捨てて予め用意した緩衝液 ( 1/15 M 燐酸緩衝液pH 7.2 ) で稀釈した2.0 – 2.5 % グルタールアルデヒドに懸濁して固定する。時間は室温で2-4時間固定後そのまま一晩冷蔵庫保存しても良い。
( 後固定、脱水、樹脂浸透の時間を考えて一晩置く事がある。一晩固定しても良い)
3. グルタールアルデヒド固定後は緩衝液を10 – 15 分間隔で緩衝液を交換、遠心、沈澱を分散させる操作を繰り返す。
後固定(オスミウム)
4. 最後の遠心が終了したらオスミウムの後固定をするのですが、この過程はドラフト中で作業を行います。オスミウムの蒸気は毒性があり、うっかりすると鼻の感覚上皮が固定されて匂いが判らなくなる事があります。
ドラフト中で遠心して集菌したペレットにグルタールアルデヒドで使用した緩衝液を使用して最終濃度を1.0 ml のオスミウム固定液を作成します。使用量はペレットの場合エッペンドルチューブの場合は2.0 ml である筈ですから一本のチューブに対して1.0 ml 有れば充分です。小試験管の場合も大体同じ量で充分目的は達成できます。
この中で沈澱をほぐして分散させて下さい。固定時間は2.5時間又は一晩オスミウム中に保存する事でも問題はないと思います。
5. 後固定の後はオスミウムを緩衝液で充分洗い流します。方法は ( 3.) のグルタールアルデヒドの洗浄の場合と同じ方法で良いでしょう。(遠心操作を繰り返す)
6. 最後の洗浄が終り遠心操作が終った後の脱水、樹脂浸透の過程を繰り返し遠心する事を避けるためにアガロースに混濁し小さなアガロールの塊の中に閉じ込めて動植物の組織と同じような取り扱いが可能にする方法を取ります。
方法は 2.0 % アガロースを作成して置きます、この作業は固定している時間に行うと良いでしょう。均一に溶けたアガロースは冷蔵保存が可能です。
- アガロースを50-60℃の湯煎中で液化しておきます。
- 最後の遠心を終った菌体は震動を加えて緩やかな半流動状態にします。この状態で湯煎の中で40℃前後まで過熱し菌液と同じ容量のアガロースを加えて振りながら均一な状態になるまで混合します。
- 均一に成ったアガロースを清浄なスライド上に1-2滴落して室温で固化します。
- 安全カミソリを使用してアガロースを大体 1 x 1 x 1 mm 程度に切断して別に用意したバイアルに入れて脱水します。
脱水と樹脂浸透
7. 上昇系列の濃度を持つエタノールシリーズを予め用意しておきます。
50-70-80 – 90 – 95 – 100-1, 100-2 それぞれ10-15分間隔で交換します。この段階で試料に含まれる水はエタノールに置換されます。
途中で止める場合は70 % エタノールが良いでしょう、理由は低濃度のアルコールは細胞内物質の溶出が起り、反対に高濃度では組織細胞の収縮が起こり易いため避ける事を推奨します。
8. エタノールから直接樹脂浸透を行う方法もありますが、100%エタノールは吸湿する事が多いため通常はプロピレンオキサイド、QY-1 等の中間溶剤を使用しますが非常に揮発性が高く液交換の僅かの時間で試料が乾いてしまう事があります。
特に多くの試料を取り扱う場合では不利な条件です。
t-ブタノールは凝固温度が高い為に冬期は凍結した状態になりますが、エポキシ樹脂とは任意の割合で混合する事が出来、加えて組織内に10%前後残留した状態でも重合を妨げる事無く樹脂が重合するという利点をもって居るためt-ブタノールの使用を勧めます。
このt-ブタノールは SEM の凍結乾燥にも使用出来ますので今回のようなバクテリアの SEM の試料調整と同時に作業が出来る利点が有ります。
必要量のエポキシ樹脂を用意します。
エポキシ樹脂の混合法 (植物、微生物利用中の樹脂モノマーの混合)
エポン-812 (クエトールル812 ) | 17.72 ml |
DDSA | 6.00 ml |
MNA | 12.46 ml |
DMP-30 ( かそく剤) | 0.54 ml |
総量 | 36.72 ml |
小型のプラスチック容器に上記を計量し、攪拌子を入れて充分攪拌する。目安は最後にDMP-30 を加えた場合にモノマーの黄色が赤い色を帯びた黄色に変わります。スターラーを回してこの色が消えて最初の黄色に近い色に成ったら混合が完了したと考えて良いでしょう。
加速剤 DMP-30 は冷蔵保存が長期になりますと活性が落ち重合不良の原因となります。この判定はDMP-30 を加えた場合混合物の色が茶色になるようでしたら加速剤の劣化が疑われます。また加速剤が規定量より多くなると重合は早く、完成したポリマーは脆くなる傾向があります。
計量はデイスポシリンジを使用すると便利ですが多く計量した場合は元のビンには戻さず余分な量は破棄して下さい。またそれぞれのビンには中蓋がありますが、この部分が樹脂で汚れていると時間と共に粘性が高くなり極端な場合は蓋が開かなくなる事もあります。
それぞれのモノマーを取り出した後は100% エタノール、アセトン等でふき取り最終的にビンの蓋にはパラフイルムを撒いておくことをすすめます。使用する予定の樹脂混合物は室温に置き、冷蔵庫には入れないようにして下さい。
樹脂浸透は次のように行います。下記の混合比は容量比です。このプロセスではバイアルのローテーター、シェーカー等の使用が有効です。樹脂とt-ブタノールの混合物で一晩静置する事が出来ますが冷蔵庫には入れないよう室温で静置します。
1. 100 % t-ブタノール + 樹脂 = 3 : 1 2-3時間
2. 100 % t-ブタノール + 樹脂 = 2 : 2 2-3時間
3. 100 % t-ブタノール + 樹脂 = 1 : 3 2-3時間
4. 100 % 樹脂―1
5. 100 % 樹脂―2
100 % 樹脂―2に入れた場合試料が容器の底に沈んでいけば浸透は問題ないと考えて良いでしょう。沈まない場合は少し時間をかけて沈むのを確認します。
9. プラスチックカプセル ( 先端がピラミッド型 ) に試料を一ついれ次いで樹脂を満たします。蓋が付いていますが通常は解放の状態で重合させます。ブロックの数は任意ですが4-5個のブロックがあれば充分目的を達成するでしょう。
10. 重合は浸透を確実にするため 50 ℃, 8-12時間, 温度を60 ℃ に上昇させて48時間以上重合させます。( 48 時間放置しても問題は有りません)
同一試料を SEM / TEM 同時に処理する場合
後固定が終り菌体にガロースを加える前に二つに分けておき、一方をアガロース、残りを SEM に利用します。SEM の場合脱水は液交換の際に遠心する事になります、従ってデリケートな構造例えば鞭毛等は切れてしまうリスクが高くなります。従って、脱水には二つの方法を取ることが考えられます。
- 沈澱の表面ぎりぎりの位置まで上清を除き次ぎの濃度の脱水剤をキヘキに沿って入れます。
- 上静を取り出した後、(1)と同様な方法で上清を除き次の濃度に交換します。交換の間隔を少し長く調整しておくと良いでしょう。この方法で最後の100 % t-ブタノールまで進めます。
- 100 % t―ブタノール2回目 まで進めた後。凍結乾燥に進みます。
- 乾燥時の注意としては通常の乾燥用カップは使用できません。試料は液状の為広がってしまう事と乾燥後バクテリアは粉体になりますので取り出しが出来なくなる為です。
- 試料台にバックグラウンドに凹凸が出来ないようにカバーグラスを銀ペースト固定して置きます。銀ペーストが乾燥した事を確認してかバーグラスの上に金属のリングを置き、周囲をコロジオン、又はクイックコートなどで固定します、この際に出来るだけコロジオン、クイックコートがリング内部に入らないように注意が必要です。試料ステージをあらかじめ冷却しておきリング内に試料を一滴落とします。
- 乾燥が完了した後常圧にもどし、リングを取り外しオスミウムコーテイングし観察します。