コロジオン支持膜の作成
TEM の世界で支持膜は色々な点で重要な働きを持つ物ですが、意外と注意されない存在です。かつてメタクリレート樹脂が包埋に使用された超薄切片技術の初期の時代では支持膜が無いと観察が出来なかったのです。メタクリレート樹脂は電子線に照射されると昇華する為でした。
エポキシ樹脂が導入されると、取り扱いはメタクリレートに比べ粘性の高い欠点があるものの電子線照射に安定である事から通常観察に広く利用されるようになりました。150メッシュ穴径の場合は支持膜が無くても切片は安定して観察出来ることが出来、支持膜作成は何時の間にか影が薄い存在となってしまいました。
ネガテイブ染色、シャドウ法、大きな開口部を持つ特殊なグリッドに切片を載せるため、フリーズエッチング、フラクチュアレプリカ、非点補正用のマイクログリッド等で使用する程度になってしまいました。加えて最近既製品として供給され入手が可能な事から自作する事が少なくなった様です。
支持膜の作製は意外に奥の深い技術で、色々な素材が手に入り甲乙つけがたい状態ではありますが、此処では最も取り扱い易い素材による支持膜作成法を紹介する事に致します。素材としてコロジオンを使用した方法をご紹介します。
支持膜の作製には水面に支持膜を作製し、予め沈められたグリッドの上を水位をゆっくりと下げる事でグリッドの表面を覆う湿式と、予め平らな基盤にコロジオン膜を作製し水面上に基盤から離しながら膜を浮かべる乾式と呼ばれる方法が知られています。今回はこの二つの方法で支持膜を作製します。
支持膜作成の準備
必要となる道具・装置
支持膜作成装置
※乾式の場合はコープランジャーを利用します。
親水処理装置(PIB-10またはPIB-20 真空デバイス)
器具類
- 先の良く研ぎ合わされたピンセット(作業者用)
- 200ml,100ml ビーカー各1~2個
- 小さなプラスチック容器(試薬瓶の内蓋でも代用可能)2個
- グリッド支持台
- パスツールピペット(ガラス)+キャップ 数本
- スライドガラス 数枚
- スライドラック(あれば便利です)
- シャーレ(Φ120mm,Φ45~50mm)1~2個
- グリッドケース
試薬・消耗品
- コロジオン(2.0%酢酸イソアミル溶液)
- 酢酸イソアミル
- グリセリン
- エタノール(50~70%)
- ろ紙
- 安全カミソリ(片刃)1~2枚
- TEMグリッド(使用予定の物)
- 蒸留水
作業手順
下準備
- 小さな容器に2.0%コロジオンを少量入れて置きます。
- グリッドをろ紙に必要量取り出します。
- ピンセットでグリッドを一枚取り出し、コロジオンに浸し、乾かないうちにろ紙の上に叩きつけるように置きます。この作業は予定のすべてのグリッドに必要で、コロジオン膜とグリッドを密着させる効果があります。
※必要枚数の処理が終ったらグリッドが完全に乾くのを待ちます。この待機時間中に次の準備に入ります。
※グリッドが完全に乾燥している事を確認し、小型のシャーレーに入れて親水化処理を行います。
湿式の場合
- 支持膜作成装置の排水コックが閉まっている事を確認してグリッド支持台を装置の中央に置き、その上にグリッド支持台を置きます。 (直接載せても良いです)
- 蒸留水をゆっくりと注ぎ装置の縁から数ミリ下がった付近で止めます。
- グリッドの表が上になる様に注意してグリッド支持台に並べます。
(グリッド支持台の下側に空気がトラップされている事がありますので水を入れた状態で支持台を上下に動かして中の空気を追い出すと良いでしょう。) - グリッドが並べ終り水面の動きが無い状態になるまで待ち、水面の中心付近に2.0 % コロジオンを1~2滴落とします。
※コロジオンは水面に広がり溶媒が蒸発し、コロジオンの膜を水面に生成します。この膜は使用する事なく、竹串またはピンセットの先端で掬い上げて捨てます。この膜の目的は水面の異物を取り除く作業です。
- 水面が動いていない事を確認し、コロジオンを再び水面の中心付近に2.0 % コロジオンを1~2滴落とします。
- 溶剤が蒸発するのを待ちます。膜の表面に皺が出来る事がありますが溶剤が完全に蒸発すると平滑な膜に変わります。
※斜めから水面を見て膜の色が均一な銀色、グレーに近い銀色であれば合格です。膜の厚さは滴下したコロジオンの量、気温、コロジオンの濃度, 広がりの大きさ等で変化します。膜厚の調整は滴下量の調整、濃度を下げるなどの方法で調整します。 - 排水用のコックを開いてゆっくりと水位を下げ、膜がグリッドを覆う事を確認した状態でしばらく置きグリッド支持台が僅かに乾いた状態で取り出し、埃の少ないところで乾燥します。
- 乾燥後一枚ずつ取りだしてシャーレー又はグリッドケースに入れておき、使用直前に親水化処理をして使用します。
乾式の場合
乾式とはコロジオンを予め基板 ( 凹凸の無い平らな面) に広げて膜を作り、乾燥後、水面上に膜だけを剥離して膜の上にグリッドの表側を膜面になる様に並べてから水面上の支持膜とグリッドを救い上げる方法です。
- 清浄なコープランジャーにスライドガラスの80%程度が浸る程度の2.0%コロジオンの酢酸イソアミル溶液を入れて蓋をしておきます。
- 前もって洗浄済みのスライドグラスを用意し、直前にスライドを親水化装置 ( PIB-10 ) を使用して親水化処理をしておきます。
- (2) のスライドをコープランジャーの中に入れて充分ガラス表面とコロジオンを馴染ませます。( 1~2分あれば充分と思います)
- コープランジャーを少し大きめの濾紙上の一端に置き、中のスライドガラスを出来るだけ速度を変えないように引き上げます。
コープランジャーの入り口付近で過剰のコロジオンをビンに戻し、真直ぐに濾紙の上に立てた状態でコロジオンが殆ど流れないようになるまで保持し、ビンに寄りかかるように立てかけて乾燥を待ちます。
- この間に支持膜作成装置に水を入れ表面をコロジオン膜でクリーニングします。次いでグリッドの準備をします(下準備手順参照)。
- ビンに立てかけたスライドが完全に乾いた事を確認します。このスライドには両面にコロジオンの膜ができていますのでスライドの表と裏を区別する為の印しを付けます。
- スライドガラスの表面に触れないように保持し、安全カミソリの刃を使用してスライド状の膜を切り離します(長い辺のコロジオン膜がある場所からお終りまで、コロジオンに浸っていた最も上の部分、底の部分をスライドに対して直交する位置に線を引くように切れ目を入れます。)
- 切れ目を入れた面にゆっくりと息を吹きかけます、膜の部分がすりガラスのようになり、このとき前に入れた切れ目がはっきりと認められたら息を吐きかけるのを辞めて直にこの面を上に、約40~45度程度の角度を保ちながらスライドを水中に沈めます。スライドガラスからコロジオン膜が剥離して水面に浮かびます。スライドガラスはそのまま引き上げ反対側に同じように膜を切る操作を加えて息をかけ膜を緩ませたところで同じように水面から支持膜を剥離します。
- 横からすかすように水面の膜を見ますと、スライドを建てた部分に近い部分ではクリーム色程度でスライドの先端に向かって次第に銀色、銀灰色になっていればよい支持膜といえます。
- この膜の上に予めコロジオン処理と浸水化処理をしたグリッドの表側が膜面になる様に載せていきます。
- 載せ終わったらスライドガラスと同じ幅に切断したパラフイルムの表紙を除き、この面を上に向けて浸水化処理をしたものを凸型にまげてグリッド全面が覆われるように水面に置きゆっくりと引き上げると膜の上に載せたグリッドは支持膜の下にグリッドが位置する状態で回収されます。
- 清浄な場所で乾燥するのを待って使用します。
トラブルシューティング
今回はコロジオンの場合を例にグリッドに支持膜を張ることを解説しました。
ところが色々な問題が起こるもので、それらがどうして起るのか理由が判る場合とどんなに条件を換えても改善しないと言った事が起ります。
それらについて説明すると便利だと思われる幾つかの例を示します。
基板からコロジオンが水面で剥離しない。
- 基板に入れた切れ目が完全に繋がっていないため、この部分で剥離の程度の差により完全剥離が出来ない。
- 剥離する前にコロジオンが充分水蒸気により緩んでいない。
- 基板が清浄でないことに由来している。
これ等に対しては、まず基板を使用前に完全に清浄にする事と親水化することでほとんど解決できます。
どうしても膜が基板から離れない場合の対策としては次のような方法もあります。
基板 (スライドガラス)に少量のグリセリンを全体に広がるように指先で広げ、その後ハイゼガーゼのようなもので完全にふき取ります。
この状態で基板として使用すると水面剥離が可能となる場合が多いです。この方法のコツはグリセリンを出来るだけふき取る事になります。
膜の厚さを調節するもうひとつの方法はコロジオンの濃度を下げる、又は上げて調節する事ができます。
特に真冬と夏では気温、湿度などの要因の変動が大きく厚さの調整が難しい場合があります。
可能であれば通常の2.0%のほかに1.5%、1.0%等のストックを用意する事もありますが、容器が密栓できないと酢酸イソアミルが蒸発して濃度が高くなる場合があるので注意が必要です。
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